我が家の猫について書いておこう。
ここで登場する猫はすべて「家猫」ではない。つまり家屋の中に入れて飼っているペットではない。エサはやるが家には入れない。だから、毎日よその家の生ゴミ捨て場で欲しいものを探す。ネズミを捕ってきて食べる。積雪期は農作業小屋で冬ごもりする「半野良猫」だ。
我が家の猫は、娘が小学校に入学した年にもらった子猫に由来する。生まれて間もないトラ模様のメスで、娘は「チビ」と名付けた。初めは家の中で可愛がった。いっしょに炬燵にもあたった。しかし息子が小児喘息にかかったため、チビは1年ほどして外に出すほかなくなった。チビは家に入りたがった。夜になると窓の外で家人を呼んだ。アルミの玄関を前足で開けて入ってきた。窓によじ登って入ってきた。そのたんびに外に出された。
チビは賢い猫だった。娘が家の裏で名前を叫ぶと、どこからともなく走って帰ってくるのだった。チビの最初の子供が今の「コロ」だ。コロはもう10歳近い。メスのコロは生まれながらの外猫だが、こいつもチビの教えを引き継いで家の戸を開けて入ることが出来る。能力はあるがふだんはそれを使わない。チビは一時、姿が見えなくなった。そして何年か前に帰ってきて子供を産んだが、その子育てが終わると再びいなくなった。それっきりだった。もう5、6年は経つだろうか、あんな猫は二度とお目にかかれないだろう。そんないい猫だった。
チビの子孫はこれまでいろいろあったが、結局はコロが残った。そのコロが今春生んだ子の1匹がこの事件で死んだ「グレイ」だった。グレイの兄弟のうち2匹の黒トラは可愛かったためか、初夏のある日誰かに連れ去られていなくなった。残った2匹のうち1匹は生まれながらの障害児だったので生き残ることは出来なかった。そしてグレイもいなくなった。
この毒殺事件で家の周りから猫がいなくなった。死んだ猫のほかに、チビの血をひく猫1匹もぱったり姿を見せなくなっている。おそらくどこかで死んでいるだろう。テレビのニュースでは、高校生が母親に毒を飲ませたという。タリウム化合物は殺鼠剤に使われる劇物だ。