都市に関する12のヴァリエーション モチーフ 十代の半ばを過ぎる頃、深夜放送から流れてくる東京は憧れだった 二十四時を回れば電波事情が少し良くなったが それでも遥か彼方から送り出される声はか弱くて、音楽はしばしばフェイドアウトした それはかえって、まだ見ぬ《東京》を増幅させるのに充分なか弱さだった 夜は冥く深く静まり返っていた。そこに行けば 新しい一日が踏み出せそうな気がした 六十年代が終わり七十年代が始まろうとしていた。
都市に関する12のヴァリエーション 第一変奏 都市はガラクタの集積だった。 活気と刺激に満ちた大都会 舞踏病と薬物中毒患者の首都 痺れと痙攣 吐き気と狂噪 そして憧れ 都市に生活すれば憧れもいつか忘れる 《辺境》にのみ憧れはあるのか 辺境はどこにあるのか 大地震の直後の都市を見た。 すべての都市は潜在的に瓦礫の山なのだ 何物も生みだしたりなどしない 水も、食糧も、工業原料も、エナジーも、あらゆる生活物資が、 そして何よりも都市への瑞瑞しい憧れが、 辺境の地から途切れることなく補給し続けられなければ、 いったいどの都市が存在し得ようか 都市は猛烈に消費する 都市は猛烈に排せつする 避難所のトイレが足りない! あらゆる無用の物は辺境に捨て続ければよい 都市が必要とするものは、血も心臓も精子も膣も、みな買ってくればよいのだ、 産地と銘柄を指定して 都市が不要とするものは産廃トラックに積み込んで、 どこかの山の谷間に捨てにゆく これが我らの世紀の選択だ ガラクタの集積よ、それは憧れたちの青ざめた廃墟 リルケの見た病院ばかりが目につくパリのように。月曜日を待ちわびて、 《病院》に集う人、人、人 改札を抜ければ天に突き刺さる病院の群れ ここでは男も女も老人も子供も病院にしか生きがいを見つけられない わけの分からない薬を一日分だけもらうために たった一日分の、たぶんそれはマイナー・トランキライザーかアンフェタミン 情報とかマネーとかいう名前の 医師はにこやかに言った 薬が切れたらまた明日来なさい いつもの通勤電車に 乗ってね もちろんあんたに明日があればの話だが。
都市に関する12のヴァリエーション 第二変奏 デジタル・コミュニケータは記号の街を呼吸する ここは唯記号論の真空宇宙 都市にいれば記号だけで生きていける 美しい記号の選び方 おいしい記号の食べ方 お得な記号の利殖法 知的な記号の作り方 世界はコンピュータのディスプレイ上に展開する 記号の都市なら煙突は煙も吐かず、排水溝は汚水を出さない と、 エコロジカル・アナリストが宣った おお目出度いね ものが記号を規定せず、記号がものを支配する それはすべてに君臨し、それはすべてを破壊する 記号には、質量がない 勝負はとっくについている 神が人を造りたもうたように、人がものに名前を付けたとき、 この惨劇は始まった 呪われた部分の自己増殖 数字と貨幣の発明がやがて世界を食い尽くす 身体性の復権!と叫んでも今更手遅れなの あんたの手も足も、指先から記号に変容しつつある 目も口も、消化器も生殖器も、 まもなく記号に変わるだろう そのとき運が悪ければ、記号は自分の長さに合わせて、あんたの頭と足を切り落として しまうだろう チェシャー猫はにやにや笑い 一片の磁気ディスクが、 あんたをスイッと呑み込むだろう かすかな磁場の歪み、それが残されたあんたのすべてだ そして小さなウインドウの中に開かれて、 マウスとキーボードの思うままカット・アンド・ペースト 例えばあんたは今日、地下鉄丸の内線に乗る X行Y列の駅に入力されたあんた 記号Aは、貨幣Mと交換された電気エネルギーEを摩擦熱として消散しながら X'行Y'列のセルに移動する 次の瞬間あんたは記号A'となって駅の出口から地上に放出された自分に気づくだろう これがあんたの今日一日の仕事だ GNPはちょっとだけ増加し、 ついでにエントロPも少し増えたはずだ で、次の日になるともう地下鉄丸の内線には乗らなくていい ネット回線に乗って世界中どこへだって行けるのだ なぜならあんたはもう立派なデジタル・コミュニケータだから クリエイティブ・ライフ ところで、そのちょっとだけ増加したGNPとエントロPは いったいどこへ行ったのか 記号の世界を遠く離れて飛んでいった いったいどこまで飛んでった?